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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2047号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金四四九一万八八三八円及びこれに対する平成三年三月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告において金二〇〇〇万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金四四九一万八八三八円及びこれに対する平成二年一一月二七日から支払済みまで年七・七五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が後記の約定4に基づいて金員及び遅延損害金の支払請求をした事案で、被告の主張する消滅時効の抗弁について、時効期間、その経過の有無、時効の援用の適否が争われた。

一  前提事実(1及び2は、争いがない。3は、甲九の二による。4及び5は、当裁判所に顕著な事実)

1 原告(非鉄金属製品、合金鉄及び鉄鋼製品等の輸入販売並びにその代理業務の引受等を業とする株式会社)と被告(関東支店扱い。担当者山浦支店長)及び株式会社朝日企画は、平成二年七月二〇日、左記内容の契約を締結した。

(一) 原告は、被告から、同月三〇日、ミンクコート一五五枚(本件商品)を代金四三六一万〇五二二円(消費税相当額を含む。以下同じ)で購入し、同年八月三〇日、満期を三か月後とする手形を振り出して支払う(約定1)。

(二) 朝日企画は、原告から、同年九月二五日付けで本件商品を右同額の代金で購入し、同月二八日、満期を平成二年末とする手形を振り出して支払う(約定2)。

(三) 原告は、朝日企画より、同年一〇月五日付けで本件商品を右同額の代金で購入し、同月末日、満期を平成二年末とする手形を振り出して支払う(約定3)。

(四) 被告は、原告より、同年一一月一〇日付けで本件商品を代金四四九一万八八三八円をもって購入し、同月二六日、満期を同三年二月末日とする手形を振り出して支払う(約定4)。

2 原告は、前同年八月三〇日、被告に対し、約定1に基づく支払として、額面金額四三六一万〇五二二円の約束手形を交付し、決済した。

3 原告は、同年一一月三〇日、曙通商株式会社から、四四九一万八八三八円の送金を受けたものの、同四年二月一二日、同社から、不当利得返還請求訴訟(当庁平成四年(ワ)第四六三号。控訴審、東京高等裁判所同年(ネ)第四七四〇号。以下「別訴」)を提起され、同六年六月三〇日、上告審において敗訴が確定し、控訴審において敗訴した後の同年一月一二日、同社に対して四四九一万八八三八円を返還し、同三年七月二六日以降の遅延損害金五五三万一七八六円を支払った。

4 原告は、同六年二月三日、被告に対し、約定4に従った支払を求めて本訴を提起した。

5 被告は、同八年二月六日(第一九回口頭弁論期日)、本訴請求が弁済期(同三年二月二八日)を二年経過した後に提起されたことを理由に消滅時効を援用した。

二  争点(原告の主張)

1 原告と被告間の遅延損害金の割合は、年七・七五パーセントとすると合意した。

2 本件の約定1から4までは、同一の商品を三者間で循環して売買することを内容とし、商品の引渡しを前提としておらず、朝日企画のために融資を得させる目的のもので、その実質は消費貸借契約であり、消滅時効期間は、平成二年一月三〇日から五年である。

3 (時効期間が二年であるとしても、)原告は、曙通商から提起された別訴において、平成四年三月一〇日、被告に対して訴訟告知をし、これによる催告の効力の継続中(同訴訟の係属中)の平成六年二月三日、本訴を提起した。

原告は、別訴において、約定4に基づく被告の原告に対する債務の支払として曙通商から送金を受けたと主張して争ったのに対し、被告は、原告に対して債務を負っていないと主張して補助参加を申し立て、被参加人である原告と利害を共通にしていないとの理由によって申立てを却下された。このような場合、右申立てが却下されたことによって、訴訟告知の効力は、否定されるべき謂われはない。

4 (同前)原告は、別訴において、曙通商からの送金により被告から弁済を受けたと主張して争っており、勝訴すれば被告に請求する必要もなく、別訴の係属中は被告に対して権利を行使することができず、消滅時効期間は、曙通商からの送金を保持することができず、権利を行使することができるようになった平成六年一月一二日から起算されるべきである。

5 (同前)本件の事情の下では、被告の消滅時効の援用は、権利の濫用に当たる。

(一) 原告は、平成二年一一月一〇日、約定4に従い、商品を代金四四九一万八八三八円で買い戻すよう請求し、被告会社山浦支店長から、「同一商品の買戻しは、社内的にまずい。」と告げられ、被告に対してゴルフクラブ及び傘の代金として同額の請求をした。

(二) 原告は、同月三〇日、曙通商から同額の金員の送金を受け、山浦支店長から、被告の支払であるとの確認を得た上、被告の弁済として受領した。

(三) 曙通商は、その後、右送金は原告からの傘の購入代金として送金したものの、原告との売買契約は成立していないと主張し、別訴を提起した。

(四) 原告は、別訴において、被告からの弁済として送金されたとして、曙通商の請求を争った。

第三  争点に対する判断

一  原告の被告に対する請求の性質について

1 原告、被告及び朝日企画間の約定1から4までによれば、商品であるミンクコートが被告から原告に、原告から朝日企画に売買され、これに従って原告から被告に、朝日企画から原告に各代金四三六一万〇五二二円(同額)が支払われ(約定1及び2)、次に、右順序の逆に、朝日企画から原告に、原告から被告に同商品が売買され、これに従って原告から朝日企画に右同額の代金、被告から原告に四四九一万八八三八円の代金が支払われる(約定3及び4)との内容の合意がされ、約定1に従って原告が被告に右合意に係る金員を支払うこととされていた。そして、右各約定において、売買対象のミンクコートの現実の移動は予定されておらず、また、同コートは、被告から原告に売買されるのに先立ち、朝日企画から被告に売買され、右朝日企画と被告との売買をも含め、前記三社間の約定は、山浦被告関東支店長及び佐藤朝日企画専務の発案により、売買目的物を三社間で一巡させることにより、その間、被告から売買代金として支払を受ける金員を朝日企画が資金繰りに利用できることを意図してされた。

2 右の経緯でされた約定4に基づき、原告が被告に対してする本訴請求は、対象物の引渡しを前提としない点において、典型契約としての売買契約に基づく代金請求とは赴きを異にする点がないではないものの、なお、これを肯定しうる。

3 本訴請求は、約定4に係る弁済期(平成三年二月末日)から二年を経た後の請求であり、被告は消滅時効の抗弁を援用し、原告はこれを争うところ、原告の主張に従い、消滅時効の完成について次項以下において判断する。

二  時効期間について(争点2)

前記のとおり、前記各約定は、売買対象物の引渡しを前提とせず、経済的には朝日企画の資金繰りのためにされ、物の実際の需要に基づいて成立したのではなく、典型契約としての売買と解するには違和感があるものの、当事者の意図した経済的目的を重視して消費貸借契約と解することまではできず、当事者の選択した法的形態に従い、なお、売買契約に関する法条に従い、本件請求についての消滅時効期間は、売買に基づく債権についてのそれである二年と解すべきである。この点に関する原告の主張は、理由がない。

三  訴訟告知の効力について(争点3)

1 別訴における曙通商の原告に対する請求は、平成二年一一月三〇日原告に支払った四四九一万八八三八円の支払が法律上の原因を欠くとして、不当利得返還を求めたものである。これに対し、原告は、右支払が原告の被告に対する約定4に基づく債権に対する弁済としてされたと主張して争い、被告は、原告の被告に対する約定4に基づく債権が発生しないとの原告の主張と矛盾する理由に基づき、原告への補助参加を申し立てたものの、原告の被告に対する債権の存否は、別訴における曙通商の請求の根拠となる主張に対する積極否認の理由ないし抗弁となる事実関係としての意味を有するに過ぎず、訴訟物である権利関係又は法律関係に関する事実関係それ自体には属さず、訴訟の結果について利害関係を有すると言えず、また、原告の被告に対する債権を否定し、権利関係について相反する主張をしており、利害を共通にしないとの理由により、申立てを却下された。

2 被告において、補助参加すべき原告の主張と矛盾する主張をし、利害関係を共通にしないとの理由により、補助参加の申立てが却下されたのであれば、被告において補助参加の申立ての方法を誤ったに過ぎず、愚かな主張をしたために別訴において補助参加を妨げられたからと言って、訴訟告知の効力を及ぼすのを妨げる理由はない。しかしながら、被告は、前記のとおり、被告が別訴における訴訟物である権利関係又は法律関係に関する事実関係それ自体には属さず、訴訟の結果について利害関係を有しないとの理由によっても、補助参加の申立てを却下されており、そもそも補助参加を認められなかったと解せられ、右理由によって補助参加を否定された以上、被告に対して別訴における訴訟告知の効力を及ぼすことはできないと解する外ない。原告のこの点の主張も、理由がない。

四  時効期間の起算点について(争点4)

1 原告は、別訴において、被告の原告に対する債務の弁済として曙通商から支払を受けたと主張して同社の不当利得返還請求を争ったものの、前記のとおり、控訴審においても主張を退けられ、平成六年一月一二日、同社に対して支払を受けた金員を返還した。

2 被告に対する約定4に従った支払請求は、被告から未だ右支払を受けないことを前提とする点において、別訴における原告の主張と矛盾し、曙通商の請求を争っていた原告としては、別訴の係属中は、これをするのに困難を覚えることは理解することができる。しかしながら、右は、別訴における原告の戦術的必要に伴うもので、事実上の障害に過ぎず、別訴の係属中であっても、被告に対して右請求をすることはなんら妨げられていなかったと解せざるを得ない。原告のこの点の主張も理由がない。

五  時効の援用の権利濫用について(争点5)

1 原告(担当者清水威志)は、約定4に従い、平成二年一一月一〇日ころ、ミンクコートを代金四四九一万八八三八円で買い取るよう求め、山浦隆被告関東支店長から、社内事情を理由に同一商品の買い戻しが明らかとなる取引を回避したい意向を示され、その指示に従い、ゴルフクラブ及び傘の代金として同額の代金の請求をし、山浦からは、約定の期日までに支払うとの確約を得た。

2 佐藤正巳朝日企画専務は、同月末ころ、山浦と相談の上、曙通商代表者岩本旭市に対し、被告が曙通商から傘を代金四九二七万六八〇〇円で購入する意向があることを告げ、右商品を原告から仕入れるべきこと及び代金は原告に直接送金するよう求め、同月二七日、被告関東支店の発行した右商品の注文書を交付した。

3 岩本は、山浦から、右傘の注文が被告によるものであることの確認を得た上、岩本個人で日興信用金庫から五〇〇〇万円の融資を受け、同年一一月三〇日、佐藤から指示された原告の銀行口座に、指示された金額である四四九一万八八三八円を送金した。

4 原告担当者清水威志は、右曙通商からの送金について、佐藤から、被告が約定4に従って支払うべき金員に当たるものであるとの確認を得た。

5 被告は、曙通商からの支払工作には専ら佐藤朝日企画専務が当たり、山浦被告関東支店長は関与していなかったかのように主張し、同人の別訴における供述中にも、同旨のものが見られる。前記のとおり、本件各約定が朝日企画の資金繰りを目的としたものであり、曙通商との交渉も、主として、経済的に利益を受ける朝日企画の佐藤において担当していたことは推認に難くない。しかしながら、曙通商が、約五〇〇〇万円に及ぶ傘の取引について、代表者個人による融資を得てまで原告に代金を前払いしたのは、曙通商代表者において、被告からの曙通商宛の注文書を受領し、被告との取引が成立すると信じていたからに外ならない。また、曙通商から原告への送金当時、山浦としても、原告担当者から請求を受けており、約定の期限が迫っていることは十分に認識しており、社内事情から金銭の工面ができない以上、他にこれを探す外なかったのである。右事情を考慮すると、注文が被告によるものであるかどうかを山浦に確認し、その確認を得て原告に送金したという曙通商代表者岩本旭市の供述は、会社を経営し、事業に当たるものとして、多額の現金を先払いする場合に取る通常の行動であり、自然であり、虚偽の入る余地はないというべきで、山浦の供述こそ虚偽である。

6 右1から4までに認定した事実関係の下では、山浦と佐藤は、共同して、原告の協力をも得、被告が援助して朝日企画の資金繰りを援助する方法として約定1から4までを成立させ、当初、原告の経済的負担により朝日企画の資金繰りを援助し、数ヶ月後、約定4に従って原告から清算を求められるや、曙通商を巻き込み、曙通商に対しては、被告との多額の取引が成立すると信じさせ、融資を得てまで多額の金員を原告に支払わせ、原告に対しては、前記約定4に従った被告からの支払であると誤認させて被告に対する請求の矛先をかわしたとみるべきである。右事情に加え、原告が、曙通商からの送金について、約定4に従った支払時期にされており、請求金額が一致する点からも、それを被告から支払を受けるべき代金の支払としてされたものと信じたことには無理からぬ事情がある。右のように、山浦と佐藤は、曙通商の原告に対する送金を被告からの約定4に従った送金であると原告に信じさせたのであり、曙通商が、山浦及び佐藤に騙されたことに気付き、矛先を原告に向け、別訴を提起して右金員の返還を求めたのに対し、原告が、前記約定4に従って被告から支払を受けたと主張して曙通商の返還請求を争う原因を与えており、右のように争っていたことにも無理からぬ事情がある。

被告は、別訴において、従業員の不始末を明らかにして原告の誤解を解くこともしないばかりか、原告の主張の前提である約定4の成立すら否定する主張をして補助参加を申し出(前記のとおり、却下された。)、原告が、誤解に基づいて無益な争いをして時を過ごすのに任せ、別訴の控訴審判決の後、曙通商の請求に沿って支払をした上、被告に対して本訴請求をしたのに対し、消滅時効を援用するというのである。

本件に顕れた右経緯の下では、被告が消滅時効を援用することは、信義則に反し、許されないというべきである(原告は、権利濫用を主張するが、被告は本訴において権利を行使しているものではなく、原告の主張の真意は、消滅時効の主張が本件事情の下では許容されるべきでないというにあり、信義則違反の主張をも含むと解して妨げない。)。よって、被告の消滅時効の抗弁は、理由がない。

六  遅延損害金の約定(年七・七五パーセント)について(争点1)

前記各約定を定めた契約書においては、要旨、当該売買にかかわる原告の負担する金利は年利七・七五パーセントにて別途被告より原告に支払われるものとする、と合意されているものの、どのような場合に右約定による金利を支払うべきであるのか、判断する資料がなく、右をもって、原告と被告間の遅延損害金の約定、又は遅延損害金の利率を決定する利息の約定と解することはできない。

本件においては、契約当事者が会社であることは原告の主張から明らかであるから、遅延損害金の割合は、商事法定利率によるべきであり、被告は、支払期限の翌日である平成三年三月一日から支払済みまで、右割合による遅延損害金をも支払うべきである。

七  よって、原告の請求を右の限度で認容する(仮執行の免脱については、遅延損害金が元金の三〇パーセント(年六分五年)以上に及んでいる点に鑑み、主文の金額とする。)。

(裁判官 江見弘武)

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